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若き3代目、日田の下駄王子が作る新たな下駄とは

本野さん06

日田下駄職人

本野はきもの工業 3代目
本野 雅幸 Masayuki Motono


今回は日田の下駄王子こと本野雅幸さんを取材。
と、その前に日田下駄の現状を軽く知っていただきたい。

日田は木材関連産業の集積地として発展し、中でも日田下駄は江戸幕府の直轄地であった天領日田の時代から作られている。明治時代以降は次第に機械化が進み、日田下駄は全国に流通。静岡、広島(松永)と並ぶ三大産地として隆盛を極めた。材料に使用される日田杉は軽くクッション性にも優れ、履くと素足に心地よくフィットする。木目の美しさも特徴のひとつ。他の伝統工芸品同様、人々の生活様式の変化や安価な製品の輸入などが原因で、日田下駄の置かれている現状は厳しいという他ない。

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日田杉の丸太が下駄になるまでには大まかに3つの工程があり、それぞれ専門の会社が受け持つ仕組みだ。最初に丸太を製材し角材にする。この角材を下駄枕と呼ぶ。次に生地会社が下駄枕を下駄の形に加工する。最後に本野はきもの工業のような製作会社が下駄を仕上げる。かつては隆盛を極めた日田下駄だが、現在下駄を製作する会社は20社に満たない。下駄枕を作る会社に至っては1社残るのみ。全体的に高齢化が進み、下駄産業は先が見えない状況だ。後継者の育成は急務だ。



本野はきもの工業は昭和23年に創業。三隈川のほとりに建ち、対岸の丘の上にはサッポロビール日田工場が見える。両親と3代目の雅幸さんの3人で営んでいる。本野はきもの工業の3代目として、日田下駄の顔として各メディアに露出し、地域のイベントや展示会に東奔西走し日田下駄をPRする。「先の見えない下駄の家業を継ぐつもりはありませんでした。父も継がせたくなかったようです」と語る本野さん。次の仕事が見つかるまでのつもりで家業を手伝ったのがきっかけだったという。軽い気持ちで手伝ったのが、面白くて本気になってしまったのが本音のようだ。



伝統的な日田下駄は神代(じんだい)焼きという技法で作られる。バーナーで表面を真っ黒になるまで焼いて磨くと、柔らかい部分が削れ、硬い木目だけが黒く残る。神代焼き仕上げをすることで、柾目や板目の模様が一層引き立つ。神代焼きの他に黒塗りの下駄も作る。塗る作業は父、廣明さんの担当。塗って乾かし塗って乾かし、何層も塗って仕上げる手間のかかる仕事だ。



伝統的な日田下駄を作る一方で、他のアートや作家とコラボするなど新たな商品作りにも力を注ぐ。クラフト作家とコラボした「みゅーる下駄」はジーンズやスカートにも合わせられる下駄で、かかとを合わせるとハートが現れる遊び心を兼ね備えた作品。エアブラシアートとコラボした「和あそび」、布地を貼り付けてコーティングした「布あそび」、ネイリストが黒塗りの下駄にネイルアートを施した「デコ下駄」、足のサイズが大きな人でも履ける「キングサイズ」など様々な商品開発を行っている。



「日田下駄をもっと多くの人に知ってもらうため、工場の建て替えも計画しています」と本野さん。大型観光バスでやって来て、塗ったり、削ったり、鼻緒を付けたりする作業風景が見えるような作りにしたい、そんな将来の夢を話してくれた。




本野はきもの工業
http://www.hita-geta.com/
大分県日田市三芳小渕町1080-3
TEL.0973-22-4460

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