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 人形には絵空事が必要なんです。空想や想像から表現力が生まれます

稲富 昭満  Akimitsu Inatomi

博多人形師



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 3度の内閣総理大臣賞、通商産業大臣賞、経済産業大臣賞など多くの受賞歴があり、博多人形の第一人者として知られる。人形師として基本や技の習得はもちろん欠かせない。ただ、それだけでは足りないという。「人形には絵空事が必要なんです。空想や想像から表現力は生まれます」と稲富さん。制作前に必ず文献を読み、ストーリーを自分なりに組み立てる。作品は能もの、歌舞伎もの、武者もの、美人ものなど古風な作品から、博多人形の枠を超えた洋風の作品、北斎の絵や干支をレリーフした壁掛け作品など作風は幅広い。


 「鏡の間」という作品がある。能の役者は装束を付け終えると鏡に向かい姿を整える。心を沈めて役に入り込み、そして面を付ける。鏡の間に他人を入れることはない。能役者が舞台に上がるまでの緊迫した場面の一部を切り取ったのがこの作品だ。


 中国の歴史を題材にした作品も多い。項羽の妻、虞姫の人形は何体も制作している。文献を読み、想像力を働かせ、妖艶な姿を表現する。「虞兮虞兮(ゆしゆし)」で内閣総理大臣賞を受賞した。


 「望郷」という作品からは稲富さんの冒険心が垣間見える。貝殻の粉・胡粉を塗り、真っ白の作品に一部分だけプラチナの箔を貼る。現代の家は床の間がない家が増えていることから洋間に飾れる博多人形を作った。


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 スケールの大きい作品も残す。広島の飲食店から依頼を受け、相撲人形「雷電(らいでん)」を制作。高さ2.2m、総重量は800kgにも及ぶ。スケールも制作過程も普通の人形作りとは大きく異なる。実家が佐賀の窯元であり、窯や火の知識や経験が豊富な稲富さんだからこそできた仕事だ。秋田県男鹿市から依頼された「なまはげ」は高さなんと9.99m。樹脂で作り、現在でも男鹿市のシンボルとして人々の目を楽しませる。博多人形の第一人者だが、まだまだ枠にとらわれず、自由な発想で新しい作品を世に送り出す。

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博多鋏唯一の手職人

高柳 晴一 Seiichi Takayanagi

博多鋏


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 「日本中探しても、鋏の職人はほとんどおらんのじゃなかろうか」と博多弁で話すのは、高柳商店代表の高柳晴一さん。博多鋏を作る唯一の職人だ。櫛田神社そばにある築120年の民家を工房にしている。博多鋏は使い勝手の良い万能鋏で、切れ味の鋭さが特徴。手入れを欠かさず大切に使えば切れ味は一生持続するという。同じ博多の伝統工芸で博多織や博多張子の職人も手仕事で博多鋏を愛用する。


 今から約700年前、南宋からの帰化人、謝国明(しゃこくめい)が博多に持ち帰ったのがルーツと言われる。当時は唐鋏と呼ばれ親しまれていた。「こういうものは、持ってくるだけでは残らないんですよ」と高柳さん。戦が絶えなかった中世博多の町には刀鍛冶が多く住んでいたため、彼らによって鋏が作られたと高柳さんは推測する。


 鋏を作るのに100近い工程がある。一人前の職人になるには、打つのに8年、研ぐのに8年、合わせて16年かかる。コークスを置いた火床(ほど)に空気を一気に送り込み、温度を千度まで上げ、ここに地金と鋼を入れ熱する。2つの鉄を合わせるため、真っ赤な火花を飛び散らせながら熱い内に叩く。鉄が冷めるまでの5秒が勝負だ。何度も叩き不純物が取り除かれ、質と強度が高い鋏の原型ができる。「職人の仕事は教えてできるようになるものではないんです。見て、試して、自分の体に覚えさせるしかない」と熱く語る高柳さん。

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 鋏は4寸、5寸、6寸の3種類。6寸(18cm)のもので8千円ほど。全ての工程が完全に手作業。長年の経験と感覚に頼るところが多いだけに、仕上がりの長さや厚さは微妙に異なる。「本当に納得できる鋏ができるのは、一日に1本か2本ですね。今、ここには在庫が一本もありません」と高柳さん。販売は全て予約制。注文しても納期は未定という人気ぶりだ。ハサミは100均で購入できる時代。日用品として考えると決して安いものではないが、技術の高さ、使い心地を体感すれば誰もが納得する。博多鋏が後世に受け継がれるためにも、一刻も早く後継者が出てくるのを願うばかりだ。

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父から受け継いだ人形師魂

松尾 吉将  Yoshimasa Matsuo 
博多人形師


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プロフィール
福岡県大野城市下大利(工房)
1998年、人形師である故・松尾文夫氏に師事入門し、博多人形師としてスタート。同年若手人形師の登竜門といわれる「与一賞」特選、翌年「与一賞」など受賞歴多数。白彫会所属
博多人形商工業協同組合理事
博多人形青年部会長など
■博多人形屋さんのヨメ便り
http://hakatadollmatsuo.com/
■Facebookページ「松尾吉将 博多人形工房」
http://facebook.com/hakatadollmatsuo

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 「人形師の仕事をするようになってから15年が経ち、日中は人形組合の用事なんかで出ることが多く、帰ってから作品作りみたいなことも増えてますね」と穏やかな口調で話す松尾さん。博多人形師として若手から中堅へとなり、博多人形組合の理事、博多人形組合青年部の会長などの役職に付いていることもあり、最近では人形師として人形を作ることばかりが仕事ではなくなってきたようだ。
 父も有名な博多人形師で、筆、粘土、絵の具が当たり前にあった環境で生まれ育った。「子供が小さいので一緒に早く寝ることも多く、早朝から起きて作業していますよ」と微笑む。人形の依頼も多くお客様に早く人形を届けたい一心で、土曜も日曜も関係なく工房に入る毎日だ。


 毎年干支人形には力を注ぐ。千両箱を抱えたねずみ小僧、牛乳を飲む牛、三日月に寝転ぶウサギなど、手のひらサイズで見た目も可愛いのでプレゼントに購入する人も多い。干支人形だが、正月を過ぎても飾れる干支人形を作っている。水晶シリーズの干支人形も種類が増えた。ブラジル産の最上級天然水晶を使用し、縁起物でしかもパワーたっぷりだ。
 英国のクリエーター集団・デザイナーズリパブリックとのコラボレーション経験もある。CGで描かれた女の子を博多人形で立体化した。表情は愛くるしい女の子だが、後ろにバットを隠し持っている。コンセプトが象徴的なアメリカで、風刺が効いた思い出に残る作品だという。
 中央区警固にあるアパレルメーカー「天空丸」とは、もう15年のお付き合いになる。元々、松尾さんが天空丸のお客さんだったが、与一賞を受賞し同店の服を着て掲載された新聞記事をたまたま社長が見たのがきっかけだった。以来、共同で生み出したナッティーラビットの干支人形や節句人形を制作。お店ではノベルティグッズとして使ったり展示・販売も行う。デニムの質感を出したナッティー人形など、アパレルメーカーらしいこだわりが随所に見える。

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 松尾さんの人形制作はとても幅広い。「大切なお客さまの結婚式の引き出物に、かわいいクマとウサギの人形もオーダーメイドで作りました」アイデアスケッチの段階から細かな打合せを重ね、原型、彩色、梱包を直接打ち合わせて作り上げた。福岡のお祭りとの関わりも深い。「放生会のおはじき、山笠などのお祭りなどにも関れるのがありがたいですね」
 博多区冷泉町にある「博多町家ふるさと館」で、制作実演も行っている。主に彩色や面相を行っているほか、松尾さんの一品作の展示もしている。
 「同年代の人形師の奥様同士で70才、80才になるまでこの業界で一緒にやりたいねと話しています。人形師に引退はないですもんね。お手本となる夫の両親を見てきたので安心です」と語るのは、人形師の夫を支える妻の美江さん。人形師としての夫の活動を広めるべく「博多人形屋さんのヨメ便り」というブログも定期的に更新している。「夫には原型や面相に力を注いでもらいたいので、できるだけフォローしたいと思っています」と話すように、事務や人形作りを手伝っている。家事も育児も手が空いている方がするのが松尾家流。夫婦二人三脚で博多人形を制作する。
 最後に「伝統的な人形の継承にも力を注いでいきたいですね」と松尾さんは力強く語った。


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アーティスト浜崎あゆみを博多人形で作った

西山 陽一 (Youichi Nishiyama)

博多人形師


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1979年9月6日生まれ
九州産業大学芸術学部卒

 2015年3月3日、博多人形と博多織合わせて8名の伝統工芸士が誕生した。博多人形は、実に12年ぶりの登録となった。西山陽一さんも伝統工芸士に登録された一人だ。



 幼い頃から物づくりが好きで、既に小学生の時には職人になろうと決めていたという西山さん。高校は美術工芸コースに、大学も九州産業大学の芸術学部に進学。芸術学部では一年生の時に油絵やデザイン、陶芸など、ひと通りの芸術を学ぶという。「彫刻の先生から習った時に自分はこれだ!と直感で感じた」という西山さん。どの職人の道に進むか迷っていたが、彫刻との出合いで道が開けた。博多人形の制作体験講座を受講し、博多の伝統工芸の奥深い技の世界に魅了された。博多人形師・國崎信正氏の門を叩く。弟子は取ってないと断られたが、それでも諦めず半年間通った末、2003年に24才で師事入門。入門した年に若手博多人形師の登竜門「与一賞特選」、2006年には「与一賞」(受賞作・船弁慶)、2010年には「福岡県商工会議所連合会長賞」(受賞作・羽衣)を受賞するなど、人形師としてのキャリアを着実に積んでいる。



 造型力、再現力に長け、繊細な色彩には目を見張る。西山さんの作品のひとつでもある「羽衣」は能の演目で、博多人形師がよく題材にする。羽衣を返してもらい天に帰るために天女が舞いを披露する姿を見事に再現。着物の絹で細やかな動きを表現する。頭部の飾り部分もひとつひとつ、専用の工具を用いて細工し作り上げたものだ。



 伝統的な博多人形を巧みに表現する一方、九州で活躍するイラストレーターやグラフィックアーティスト、画家など異なるジャンルの作家たちが参加した「四人の舞妓展」に博多人形師として唯一参加。また、エイベックス所属の人気アーティスト浜崎あゆみさんのキャラクターayupan人形を博多人形で制作。300体限定シリアルナンバー入り、一体18,900円で販売。わずか10分で完売し話題となった。西山さん本人も「今まで博多人形を知らなかった世代に知られるきっかけになったのでは?」と語る。


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 リアルさを追求した作品も手掛ける。工房に展示された蝉の博多人形は、捕まえてきたアブラゼミをじっくり観察して作った。「羽が欠けていますが、これは破損じゃないんです。蝉の羽って、良く見ると欠けていることが多いんです」と話す西山さん。線の細い足は色を塗ったピアノ線を用い、昆虫独特の艶のある目を表現するため、色々試した末に光沢の出る墨を採用した。本物に近づける工夫が多いことがよく分かる。



 創作活動は博多人形だけに留まらない。知人の結婚披露宴ではウェルカムボードを制作。粘土で作って型を取り、その型にFRPを流し込む手法で作り列席者から評判を得た。博多どんたくでパレードに使われる「傘鉾」も制作。これからの夢を尋ねてみた。「師匠が一年かけて制作した福岡国際会議場に展示された羽衣のような、大きな作品を作ってみたいですね」実行力のある人形師、西山陽一さんなら叶えてしまいそうな気がしてくる。

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